BSから見える『お金のしくみ』
★Ⅰ.馬の骨でもわかる『BSのしくみ』
★Ⅱ.馬の骨でもわかる『お金のしくみ』
【3】貨幣発行の類型
2.物々交換 <★★★今回はココ★★★>
★Ⅲ.BSから見える『財政破綻とは何か?』
★Ⅳ.BSから見える『成長とは何か?』
Ⅱ.【3】2.物々交換が貨幣の起源
前回は、自給自足経済における貨幣的なものと、その貨幣的なものの発行(発生)の類型を見てみました。自給自足では、漁師は魚を獲り、狩人は獣を獲り、農民は農産物・畜産物を栽培・飼育して、必要な食料を得ています。ただ、人は、同じものばかり食べているだけでは満足しませんから、自給自足の活動範囲が広がり、複数集団の接触・交流が始まると、他集団が持っているものが欲しい、それを手に入れるため、自集団が持っていて他集団が持っていないものと交換して、他集団のものを獲得するようになります。そう、物々交換経済の始まりです(*1)
自給自足から物々交換へ
あるとき、あるところに、自給自足で生活をしている、漁師、狩人、農民が隣り合わせに暮らしていました。
それぞれが持っている資産は、自らの労働力と、労働力をフロー投入して獲得し、余剰を蓄えている食料、すなわち、漁師は魚、狩人は鹿、農民は麦、です。
ある時、近隣の他集団と交流を始めていた漁師は、考えました。いつも自分たちは魚ばかり食べているが、狩人は鹿を、農民を麦を食べている。とてもおいしそうだ。自分たちも鹿や麦を食べてみたい。そこで漁師は考えました。狩人や農民は魚の取り方を知らないので魚を食べたことは無いはずで、彼らは魚を食べたいはずだ。ならば、自分の魚と引換に、鹿や麦と交換してもらおう。
ここで、前回の自給自足で見たように、漁師にとって魚は、交換媒体としての機能を持つ貨幣的なものです。つまり、魚を貨幣のように利用した、物々交換経済が始まることになります。
物々交換における貨幣的なもの
前回、自給自足経済における貨幣的なものとは、労働力と食料であることを見ました。物々交換においても、上記で見た通り、漁師が魚を交換媒体として貨幣的なものとして利用しているように、自らが主に獲得する食料などの資産を貨幣的なものとして、他者が持つものと交換することが可能であることがわかります。
つまり、物々交換においても、自給自足で貨幣的なものとして機能していた、「労働力」及び「食料」が貨幣的なものとして機能しています。
物々交換における資産の動き①/同時交換
物々交換において、資産はどのように動いているのか、BSを使って見ていくことにします。まず、「同時交換」についてです。同時とか時間差とか関係ない、交換は交換じゃないか、と言うかもしれませんが、同時交換と、その後で見る「時間差交換」を分けなければならない理由が存在します。そこには、実は現代貨幣論で重要な意味を持つ『信用』の考え方が既に物々交換時代に芽生えていることが見て取れます(*2)。
ここでは、漁師と狩人の資産交換を見て見みます。魚を持っている漁師は、魚以外の獣が食べたくなりましたが、獣を捕まえる方法を知りません。一方、近隣に鹿を取る狩人がいて、鹿を持っています。そこで漁師は自分の魚と鹿を交換しようと狩人に持ちかけました。狩人も、魚が食べたかったのですが魚の取り方がわからず困っていました。この時点で、漁師は魚を100単位、狩人は鹿を100単位持っていました(*3)。
漁師・狩人の話し合いの結果、魚50と鹿50を交換することで合意しました。
これを、BSに落としてみます。
資産増減の類型「①交換/①’交換」により、魚と鹿がストック上で瞬時に交換されました。
・交換における相対関係の入れ子構造
交換においては、❶「Ⅰ.【2】1.資産内部の相対関係」、及び、❷「Ⅰ.【2】3.自己と他者の相対関係」が入れ子構造になっていることが見て取れます(*4)
❶資産内部の相対関係
❷自己と他者の相対関係
物々交換における資産の動き②/時間差交換
次に、時間差交換です。漁師は自分の魚と交換して鹿が欲しいと思っています。一方の狩人は、魚が欲しいと思っていますが、その時点で手持ちの鹿を全部食べてしまっており、鹿の余剰がありません。
ただ狩人は、魚が食べたくて食べたくてしかたがありません。そこで狩人は、後で狩りに行って鹿を取ってきて漁師に鹿を引渡す前提で、漁師が持っている魚を先に引渡してくれないかと提案しました。
漁師はここ最近の狩人との交流を通じ、信用できる人だと思っており、快く、狩人の提案を引受けることにしました。そして漁師は先に魚を狩人に引渡しました。
この先渡しまでの資産の動きをBSに落としてみると、以下の通りです。
これをよく観察してみると、漁師と狩人で、資産増減の類型が異なることがわかります。先に引渡す漁師は、「Ⅰ.【2】1.資産内部の相対関係」での動きとなっている一方、先に引き受ける狩人は、借方・貸方が同時に増加する、「Ⅰ.【2】2.借方・貸方の相対関係(対生成/対消滅)」の動きの一つである「対生成」の動きとなっています(*4)。
・先に渡す方(漁師)/資産内部の相対関係
・先にもらう方(狩人)/借方・貸方の相対関係(対生成)
ここで注目すべきは、他人資本(人のもの)で50増加する債務です。債務とは、つまり狩人が漁師に後で返さねばならない約束、つまり『信用』です。漁師は、狩人を信用していなければ、後で鹿をもらう前提で先に魚を渡したりしません。後で約束を守ってくれると狩人を信用しているからこそ、漁師は先に魚を狩人に渡しています。逆にいうと、狩人は、漁師の信用を裏切らないために、必死で鹿を取ってきて、約束の鹿50を漁師に渡します。
これは、「時間差交換」という「交換」の動きを説明しているものですが、そう、これは「貸借」に非常によく似ていますね。「時間差交換」と「貸借」はとても似通った動き方をします。これは『信用』がキーワードになっているからです。今後、この点は深く見ていくことになりますが、ここではこれ以上は触れません。
・魚先渡し後のBS
魚を先に引渡した後の漁師と狩人のBSは以下の通りになります。
この後、狩人は漁師との約束を守るため、必死に鹿を取りに行きます。狩人が労働力を投入して鹿を獲得、鹿を消費して労働力を回復する仕組は、前回の自給自足で説明したのでその過程は省き、結果として鹿を獲得・労働力も回復した狩人のBSは以下となったとします。
・鹿の後渡し
鹿を確保した狩人は、漁師に約束していた鹿50を引渡し(後渡し)、漁師の信用に応えます。それをBSに落とすと以下の通りです。
ここにおける資産増減の類型も、最初に先渡しした時と同様です。すなわち、漁師は「資産内部の相対関係」による資産移動、狩人は「借方・貸方の相対関係」の動き方の一つである、「対消滅」となります。
・後で貰う方(漁師)/資産内部の相対関係
・後で渡す方(狩人)/借方・貸方の相対関係(対消滅)
・漁師と狩人/自己と他者の相対関係
また、漁師と狩人は互いに自己と他者の相対関係を形成しています。
物々交換における「貨幣的なもの」発行(発生)の類型
前回、自給自足における「貨幣的なもの」の発生(発行)の類型を以下の通り確認しました。
今回は、これに加えて、物々交換における資産の動きをBS上で確認して見ました。その結果、物々交換における「貨幣的なもの」の発生(発行)の類型には、自給自足で確認したものに加えて、「①交換/①’交換」が存在することが確認できました。自給自足のものに、「交換」を加えた物々交換の「貨幣的なもの」の発行(発生)類型は以下の通り、「①交換/①’交換」、「③獲得/③’a喪失・b消費・c生産」、「⑥自己増殖/X」、となります。
「信用」の考え方の芽生え
本稿の最後に、上記でも少し触れた「信用」について、改めて確認しておきます。信用が資産項目として、他資産と相対関係を形成してBS上で機能することを上記で確認できましたが、信用する方(信用を与える方)と、信用してもらう方での違いを見てみます。
まず、信用を与える方は、「資産内部の相対関係」による資産の入替えがBS上で行われます。資産内部での交換だけですので、資産総額に変動はありません。自分の資産と相手を信用して後で約束したものを貰える「債権」を交換する形になります。
一方、信用してもらう方は、「借方・貸方の相対関係/対生成」により、資産総額を増やせます。
借方=「資産の状態」=は魚ですが、それに対応する貸方=「資産の出所」=は「他人のもの」、つまり、同じ量の鹿を後で渡すことが源泉になっています。魚と鹿の交換ですが、交換するものの内容は横において交換するものの価値(量)だけに注目すると、50を先に受取り、後で50を渡す(返す)形となっており、これは、50を借りて、後で50を返す、貸借の形の同型と捉えることが可能です。
信用してもらう方は、後日約束を履行する(後渡しの約束をしたものを引渡す)と、「対消滅」で元に戻ります。
この、「信用」をベースにした「対生成」「対消滅」について、上記通り交換における時間差交換のケースで確認することができました。現在の信用貨幣、あるいは信用経済で重要な意味をもつ「信用」の概念は、こうしてBSを通して眺めてみると、物々交換経済の時代に既に芽生えていたことが見て取れます(*5)。貨幣の登場によって本格的に登場する「貸借」の概念と同じ構図であることも、追って改めて確認していくことになります。
「信用による対生成/対消滅」は、今後お金のしくみを俯瞰して見ていくにあたり、極めて重要なファクターになりますので、よく覚えておいてください。
それでは。
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(補足)
*1 この記事は歴史的な事実を時系列に沿って正確に記すことは目的としていません。歴史的な事実としては、狩猟生活から農業の開始に至る経緯は、世界の地域ごとにそれぞれの歴史的な経緯があるはずです。ただここでは、BSを使って経済活動を理解することに焦点を絞っているため、あたかも狩猟民族と農民が同時並行して存在しているかの様な記載をしていますが、これはあくまで上記目的の為の仮説として前提を置いているに過ぎないことは、ご容赦ください。
*2 実際に物々交換時代の人々が『信用経済』を意識して貨幣的なものを扱っていたという意味ではありません。物々交換時代の資産の動きをBSに落としてみると、現代貨幣論における『信用』と同じ位置づけの資産項目の存在を指摘することができる、という意味とご理解ください。
*3 魚1単位=鹿1単位、等価であることを前提とします。
*4 「Ⅰ.【2】相対関係の入れ子構造」は未だ記事未投稿です。
*5 物々交換時代に生きた人々が信用を意識して物々交換をしていた、という意味ではなく、物々交換経済をBSに落としてみると、信用の概念がBS上で確認できる、というのが言いたいことです。