=『行政文書が捏造』に国家公務員は黙っているのか?=
(50)目次 ・何が本物で、何が捏造なのか? ・高市氏個人発言の正否よりも大事な全体の動き方 ・行政文書が捏造を含むことを認めるのか? ・国民の奉仕者たる国家公務員は、悔しくないのか? ・憲法に定められた『言論の自由』を封殺するのは反社会的行為 ・国家公務員こそ反社会的な行為には公益通報すべき ・『反社会的勢力』の定義を後退させたのは誰か?
こんにちは。柳原孝太郎です。
立憲民主党の小西洋之参院議員が公表した総務省の内部資料とされる文書についての議論が激しさを増しています。
その中で、内部文書の登場人物の1人である高市早苗経済安全保障担当大臣氏(当時総務大臣)が、文書は捏造である、捏造でなければ議員辞職する、と啖呵を切った後、松本剛明総務大臣が当該文書が総務省内の『行政文書』であることを認めるという経緯をたどり、議論が紛糾しています。
このような経緯を、キャスターの辛坊治郎氏が、「文書は本物、中身は捏造」と発言したとの報道を目にした時、あれこれと、思うことが噴出してきました。
ヤフーニュース/ニッポン放送 3/6(月) 21:00配信 高市氏VS小西氏 波紋広がる総務省文書 「文書は本物。中身は捏造」辛坊治郎が持論展開 https://news.yahoo.co.jp/articles/7d68cbc8f76b915622825b902d60747f7071ee10
何が本物で、何が捏造なのか?
一国会議員が議員辞職を口にした以上、攻守ともに議員生命をかけてそれこそ論理を度外視した水掛け論の言い合いになりますから、意味不明な言説も飛び交うことになります。その中で辛坊氏が発した「文書は本物、中身は捏造」が何を意味するのかを俯瞰して見ると、視界にとらえらるものが色々でてきます。
高市氏が『捏造』と言った文書は、公式に総務省の行政文書であること、つまり『本物』であることを政府が認めたわけですから、ここで高市氏の政治生命は終わり、の様に見えます。ただ、高市氏も全く譲りません、同じ自民党の松本総務大臣が本物だと認めたにも関わらず(ただ、松本大臣も中身の正確性については疑念があり精査が必要、と自民党の仲間に逃げ口上のきっかけもしっかりと与えていますが)、高市氏は、いや、自分の発言に関する部分は、誰がいつ言ったのか不明確なので、議員辞職しろというなら、それを求める人が正しいこを立証すべきだ、という発言に変わっています。当方から見ると、これは議論のすり替えで、最初に捏造と言ったのは、文書のことであり、文書の中の自分の発言だなどとは言っていません。ここまで来ると、自らの進退がかかっていますから(自ら啖呵を切ってしまったわけですが)恥も外聞もなく、水掛け論を展開していくものと見えます。
辛坊氏がこのような状況を冒頭のコメントで評しているわけですが、俯瞰してみると、はいはい、そういうことですね、と言って通り過ぎる前に、ちょっと待てよ、と立ち止まりたくなります。ということは、と思いつくことがあれこれと湧いて出てくるのです。
ひとつには、高市氏が公式の行政文書が捏造だと主張していることが何を意味するのかについて。行政機関が作る文書は、国の政治行政を決めて実行していく際に作成される公式の資料であり、それを元に国の方針が決められ、実行されていく重要文書と理解しています。それが、捏造であるという。捏造された内容が、政府行政機関の公式文書として残っていること自体、とても恐ろしい事態に見えます。誰が捏造したのか、何の目的で捏造したのか、捏造した内容が、政治行政施策の決定・施行にどのような影響を与えたのか。そもそも、この捏造は氷山の一角であり、他にも捏造が山ほどあるのではないか。
もうひとつは、高市氏が捏造といっているのは自分の発言の部分について、に範囲を縮小してきましたが、高市氏は文書の登場人物の一部にすぎません、高市氏以外の言動以外の部分については、捏造があるのかないのか、全体ストーリーが捏造か否か、というのが本当に大事な意味を持ちます。
高市氏個人発言の正否よりも大事な全体の動き方
当方は文書自体は読んでいませんし、現在は高市氏vs小西氏の図式でクローズアップされてしまっていますが、全体としてどういう意味を持つのか、の方がとても重要に見えます。
つまり、文書から読み取れる全体ストーリーから当時の安倍政権幹部の動き方とその背景が、捏造で事実と異なる内容なのか、あるいは、登場人物一人ひとりの発言は記憶をたどりながら記録していた前提で不正確な部分が含まれるとしても、全体ストーリーとしては、実際にあった動き方を反映しているのかどうか。その動き方は、憲法が規定する言論の自由・報道の自由の観点、他法令順守の観点から、『国民の奉仕者』たる政治家・公務員の行動として許容されるものか否か、それらの事実関係を確認することが一番重要になるものと見えます。
行政文書が捏造を含むことを認めるのか?
高市氏の発言部分については、少なくとも高市氏は捏造であると主張しています。今後これが小西氏をはじめとする立憲民主党他野党が、国会でどのように追及していくのか見ていく必要がありますが、総務省の幹部・省員である国家公務員各位は、この発言についてどのように思うのでしょうか?
国家公務員が自らの職務を実行し、その結果を文章にまとめて省内で公式文書として残す時に、捏造した内容を含んだものを果たして作成するものか?もしそんなことがあるのなら、とても恐ろしいことで、信じがたい、許しがたい事態なのですが、期待を込めて当方が思うのは、日本の国家公務員は、そこまで能力低下したり、落ちぶれたりはしていないのではないか、ということです。ただ、繰り返しですが、全体としての動き方として安倍政権側のそのような動き方があったことに捏造はないとう意味であり、登場人物一人ひとりの発言内容については、記憶をたどりながら記録したものであるだろうから、記憶が不確かなところは不正確なところもあるかもしれない。だとしても重要なのは、全体の動きであり、もし全体の動きが捏造であるということであれば、80ページにわたる文書(当方は読んでいませんが)全部が創作ということであり、これは実体としては想定しにくいということでしょう。つまり、高市氏の文書は捏造との発言は、事実誤認であり、訂正されるべきものでしょう。
この想定が正しいとして、もし自分が総務省の職員だったらどう思うか、と考えてみると、自分が国家公務員として『国民の奉仕者』であることに誇りを持ち、誠実に職務を全うしていればいるほど、今回、捏造文書を作成しているとのレッテルをはられることに対しては、強い怒りを覚えるだろうことが、容易に想像できます。
国民全体の奉仕者たる国家公務員は、悔しくないのか?
小西氏はツイッターでの発言も続けていますが、その中に、総務省職員からの、捏造と言われることに対しての激しい怒りを表明するものなどが紹介されています。
それはそうでしょう、と当方も思います。また、そうであることを信じたい。なぜなら、国家公務員は、公務員になるときに、自ら『国民全体の奉仕者』たることを誓って公務員になっているはずなのですから。
国のため、国民のために仕事ができる方々の『誇りと自覚』は如何ほどのものか、それを遂行できる立場に置かれている方々を心から尊敬し、うらやましく思います。
ただその一方、国民全体の奉仕者であるべき国家公務員が、その誇りと自覚を忘れ、自己利益の為に損得勘定に走り利権に吸い寄せられていくとすれば、そんなに軽蔑すべき人たちもいないと思っています。
政治家や政治家の損得ゲームに吸い寄せられて動く官僚・公務員たちが反社会的な動き方をすることが公表されるとき、それを見る公務員が誇りと自覚を強く持っていればいるほど、とても恥ずかしく、悔しい思いをしているのではないか、ということは想像に難くありません。
今回の捏造発言についても、心ある総務省の方々は、怒り心頭であろうと思います。ただ、ここ数年の政府(自民党)と官僚の関係を見ていると、残念ながら国民全体の奉仕者としての誇りと自覚を忘れ、利権目当ての損得ゲームに巻き込まれて動くケースがあまりにも多いとも言えます。大部分の公務員は自らの立場に誇りと自覚をもっているものと期待したいのですが、そうであるならば、公務員同僚・あるいは関係する政治家が恥ずかしい動き方をするのであれば、もっともっと、怒ってよいのではないのか、そうも思っています。
憲法に定められた『言論の自由』を封殺するのは反社会的行為
今回、総務省内部の行政文書が公にされたこと、その経緯について、疑問を呈する発言も見られます。
ヤフーニュース/J Castニュース 3/7(火) 15:32配信 放送法めぐる「行政文書」流出が「政治的意図のもと行われたなら問題」 国民・玉木代表持論「背景も精査すべき」 https://news.yahoo.co.jp/articles/04efaae45e96fe0e6d9b1c7076d10a1649587109?page=1
国民民主党の玉木代表が、今回の文書公表(記事では、流出、という表現を使用)が、「政治的意図のもと行われたなら問題」と発言したとのことですが、ならば玉木代表に聞きたい、政治的な意図により、メディアの言論を封殺する動き方は問題ではないのか? と。
放送法について、特に第四条について、今回の行政文書公表に絡んで様々な見解が改めて出されており、当方は専門的な知識がないためコメントする立場にありませんが、一市民、そんじょそこらの馬の骨の立場で思うのは、やはり、言論の自由は大事でしょう、という一点のみです。
メディアが時の政治権力の管理下に入り報道をコントロールされてしまうのであれば、中国やロシアと何の変りもありません。自由主義を信奉する国家の国民として、そんなのは、絶対に許せません。
言論の自由を封殺する動き方は、明確に憲法違反であり、法令違反です。法令違反は反社会的行為であり、今回の行政文書の公表は、時の安倍政権が反社会的な動き方をしていたことを明らかにすることであると、当方には見えます。
国家公務員こそ反社会的な行為には公益通報すべき
反社会的な行為に対しては、それを告発することで告発者が、告発を受けて不利益を被る権力者から不利益な扱いを受けない様に、国が保護を定めている制度、公益通報制度があります。
上記のJ Castニュースでも、公益通報制度が公務員をも対象にするとの記載がありますが、消費者庁のHPでも、公務員が反社会的行為に対して公益通報をすることは守秘義務違反には当たらない、むしろ公務員であればこそ、法令違反・反社会的行為に対しては積極的に公益通報すべし、と明確に記載しています。
消費者庁HP/行政機関向けQ&A(内部の職員等からの通報) sumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq/faq_011/
公益通報も当然その要件がありますが、対象行為が「法令違反などの反社会的行為」という文言があります。言論の自由という憲法に違反する動き方は、当然法令違反、つまり反社会的行為と言え、公益通報の要件を当然満たすものに見えます。
今回、総務省の心ある国家公務員が、その誇りと自覚から、言論の自由を封殺する動き方をする政権側の動きを公表したことは、明確に『国民全体の奉仕者』としての義務を果たしていると見えます。玉木代表、何が問題なのでしょうか?
『反社会的勢力』の定義を後退させたのは誰か?
過去の安倍政権の反社会的な動きが明らかになった形ですが、安倍政権の反社会的勢力の定義の扱いについては、旧統一教会問題をきっかけにして過去の動きを見たところ気付いたことがあり、以下のブログ記事を書いています。
これら一連の安倍政権の動きを俯瞰して見てみると、安倍政権の『反社会的』という単語との親和性が浮かび上がります。反社会的勢力の要件を満たすように見える旧統一教会との関連については上述ブログ記事の通りですが、今回の総務省の行政文書公表で明らかになったのも、自らの権力基盤の維持強化のために、自らの不都合・不利益なものは法改正を経ずして非民主的に権力行使して捻じ曲げていこうという、法令無視・軽視の反社会的な動き方をする姿です。
繰り返しになりますが、国家公務員各位の中には、必ず、それではいけない、と考えている方々がいるはずです。今回総務省の心ある職員の勇気ある行動で埋もれていた国民が知るべき事態が明らかになっていますが、これはまさに氷山の一角であろうと見て取れます。政治行政の現場では、まだまだ国民が知るべき事態がたくさん埋もれていることが容易に想像されます。国家公務員各位に国民全体の奉仕者としての自らの誇りと自覚があるなら、公益通報制度を利用して、反社会的な動き方をする権力に対して、今回の総務省職員の方々の様に、勇気をもって行動をして欲しい。切にそう願っています。
それでは。