現在、世界ではさまざまな出来事が次々と起こり、情報が氾濫しています。特に近年は、SNSの発達によりフェイクニュースが拡散され、何が真実で何が虚構なのかを見極めることがますます困難になっています。私たちは、世界で何が起こっているのか、本当に知るべきことは何なのかを理解しようと試みますが、その際、単なる断片的な情報の集積ではなく、全体を俯瞰する視点が求められます。
私自身も、書籍を読み、ネットで情報を収集しながら思索を重ねる中で、「世界を俯瞰し、読み解くための視点」として、特に重要だと感じた三つの切り口にたどり着きました。
この三つの視点を組み合わせて世界を見つめることで、私たちがこれまで直面してきた複雑で捉えどころのない事象の本質が、より明確に浮かび上がると考えています。
1.虚構(Fiction)— ユヴァル・ノア・ハラリ
ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』の中で、人類の発展を可能にした最大の要因の一つとして、「虚構」の概念を挙げています。虚構とは、実際には物理的に存在しないものを、想像力を駆使して信じ、それを集団で共有し、行動する能力のことです。
例えば、「国家」「宗教」「貨幣」「法律」「企業」など、私たちが当たり前に存在すると考えているものの多くは、実は「物理的な実在」ではなく、人々が共有する観念としての虚構です。お金は単なる紙切れやデジタル情報にすぎませんが、それに価値があると信じることで、経済が成り立っています。同様に、国家も物理的な境界線があるわけではなく、人々の信念によって成立しています。
この「虚構」を理解することで、私たちは社会の仕組みをより深く洞察し、なぜ特定の価値観や制度が維持されているのかを明確にすることができます。
2.対象領域(Domain of Objects)— マルクス・ガブリエル
マルクス・ガブリエルは『なぜ世界は存在しないのか』の中で、「世界」という概念そのものを問い直しました。彼によれば、私たちは一般に「世界とはすべてを包括する唯一の現実」だと考えますが、その「すべて」を確かめるためには、世界の外側からそれを見る視点が必要になります。しかし、「すべて」を含むものに「外側」など存在しない以上、世界という単一のものは成り立たない、という結論に至ります。
つまり、世界は「一つの統一された存在」ではなく、無数の「対象領域」の重なり合いによって成り立っている、というのがガブリエルの主張です。例えば、「経済」「政治」「科学」「芸術」などは、それぞれ独立した対象領域を持ち、その領域ごとに異なる法則や価値観が働いています。一つの視点から「世界のすべて」を説明しようとすると、現実の複雑さを見落としてしまうのです。
この視点を取り入れることで、私たちは「世界はこういうものだ」と単純化せず、さまざまな視点を交差させながら物事を考えることが可能になります。
3.関係(Relation)— カルロ・ロヴェッリ
カルロ・ロヴェッリは『世界は関係でできている』の中で、「世界は単独の実体として存在するのではなく、すべては関係によって成り立っている」と主張しています。
量子力学の観点から見ると、粒子は観測されるまではその位置や状態が確定していません。つまり、物理的な実在ですら、「観測する行為」との関係の中でのみ確定するのです。この考えを拡張すると、私たちが認識する世界もまた、固定された実体ではなく、さまざまな関係のネットワークの中に存在していることになります。
また、ロヴェッリは『時間は存在しない』の中で、「世界とは相互に関連し合う視点の集まりであり、外側から見た『唯一の客観的な世界』など存在しない」と述べています。これは、マルクス・ガブリエルの「世界は対象領域の集合である」という考えとも響き合います。
この視点を取り入れることで、私たちは「固定的な実体」としての世界を見るのではなく、相互に影響し合う動的な関係性、重なり合う相対関係の中で理解することができるようになります。
4.虚構・対象領域・関係のループ
この3つの視点——虚構(Fiction)、対象領域(Domains)、関係(Relations)——は、それぞれ独立して存在するのではなく、絶えず相互作用しながらループを形成し、私たちの世界の解釈や関わり方を形作っています。
1)虚構が対象領域を作る (Fiction Creates Domains) :
人間は虚構を用いて対象領域を定義します。例えば、「お金」という価値の概念があることで、経済という領域が成り立ちます。
2)対象領域が関係を生む (Domains Establish Relationships) :
定義された対象領域内では、特定のルールや構造に従って対象が相互作用します。経済においては、お金が企業、消費者、政府の関係を規定します。
3)関係が虚構を書き換える (Relationships Reshape Fiction) :
関係が進化すると、それを支えるストーリー(虚構)も変化します。例えば、デジタル通貨の台頭により、お金の概念そのものが変化し、経済領域を支える虚構が書き換えられます。
このループ(虚構 → 対象領域 → 関係 → 虚構…)によって、人類の理解と社会は絶えず進化し続けています。

5. ループの流れを変える「対象領域ジャンプ」
このループは基本的に継続的に流れ続けますが、時にはその流れを大きく変える「転換点」が生じます。その転換点となるの働きを、 本論稿では「対象領域ジャンプ」と称することにします。
対象領域ジャンプとは何か?
対象領域ジャンプとは、ある対象が 「既存のループから抜け出し、新たなループへ移行する」 現象のことです。これには二つの主要なパターンがあります。
1)対象領域を規定している虚構の書き換え
o 既存のループの流れを定義している虚構を変更すると、対象領域の枠組みが変わる。
o 例:「お金は物理的な実体である」というストーリーを、「お金はデータのやり取りである」に書き換えると、経済の対象領域がデジタル空間へと広がる。
2)対象領域を超える新たな関係の創出
o ある対象領域の枠を超えて新たな関係を築くことで、新しいループが生まれる。
o 例:「AIは機械学習の対象である」という関係性を乗り越え、「AIは創造的なアートの対象でもある」とすることで、新たなAI×芸術という関係を前提にした対象領域が生まれる。
では、この「対象領域ジャンプ」が実際にどのように起こるのか、具体例を見ていきましょう。
6. 対象領域ジャンプの具体例
例A:虚構の書き換えによる対象領域ジャンプ
まず、「物理的現実」のみを対象領域とする場合を考えます。「物理的現実」の領域は、測定可能で具体的な物体に限定されています。神話や経済システムといった虚構の構築物は、対象領域の外部にあると考えらます。
Before :
「物理的現実」 = 測定可能な存在(原子、エネルギーなど)。
「虚構」 = 非物質的で抽象的な概念(神話、お金、国家) → 物理的現実の対象領域外。
ここで、「虚構が脳内にある人間は実在する」というストーリー(虚構)を導入します。そうすることで、虚構が物理的現実である人の脳内に存在することから、虚構は対象領域の一部として再定義されます。
After:
これまで対象領域外にあった虚構は、新たに再定義された 物理的現実の対象領域に統合される。
これは虚構の書き換えによる対象領域ジャンプ(Domain Jump)が、対象領域の範囲を拡張したことを示します。

例B:新たな関係構築による対象領域ジャンプ
次に、対象領域が「AとBの関係」と「CとDの関係」に分かれている状況を考えます。それぞれの対象領域が独立して存在しており、A と C の間には直接的なつながりはありません。
Before:
• AとBは「対象領域A/B」内で関係している
• CとDは別の「対象領域C/D」内で関係している
• AとCの間には関係がない
ここで、AとCの間に新たな関係を構築します。すると、それまで存在していなかった「対象領域A/C」が新たに生まれます。A と C はそれまで別々の対象領域で離れて活動していましたが、新たに創出された対象領域の中で関係し一緒に活動します。
After:
• 「対象領域A/B」内のAと、「対象領域C/D」内のCが、新たに「AとCの関係」を構築することで新たな「対象領域A/C」を創出し活動する。
これは新たな関係構築によるジャンプが、新たな対象領域を創出したことを示します。

7. (まとめ)世界の見方を変える三つの視点
虚構、対象領域、関係の相互作用は、私たちの世界を絶えず形作る動的なループを形成しています。しかし、このループは固定されたものではなく、「対象領域ジャンプ」がパラダイムシフトの触媒として機能し、新たな視点やシステムの出現を促します。
これらのプロセスを理解することで、私たちは世界を新たな視点で解釈するだけでなく、未来を意義ある形で創造するためのフレームワークを手にすることができるのです。
<俯瞰図>
以下の図は、本論稿で紹介した3つの視点——虚構、対象領域、関係——がどのように相互作用し、連続的なループを形成しているかを示しています。
また、「対象領域ジャンプ」 の発生についても示しており、「新たな 関係」 と「新たな虚構」 が生まれる2つの転換点を示すことで、パラダイムシフトがどのように起こるかを視覚的に表現しています。


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