=国民が皇室を語る時に見ているもの=
<(27)目次> ・ 生まれで人生が左右される『親ガチャ』 ・ メディアで皇室について発言する人々が見ているもの ・ 眞子さまの結婚を天皇制・皇室の存続の是非に結びつけたい人々 ・ 自業自得 ・ コントロールの効かない出自で人権が抑制される立場 ・ 親ガチャに負けない新時代の皇室に
こんにちは。柳原孝太郎です。
最近ちまたの若者の間で、生まれた家の環境が自分の人生の命運を決めることを意味する『親ガチャ』というキーワードが流行っています。
平行して眞子さまと小室圭さんが正式に結婚を発表されました。10月26日に予定されている記者会見の日が近づくにつれてヒートアップするメディアの報道を見ながら、「眞子さまは『親ガチャ』をどう思っているのだろう?」と、ふと気になりました。
眞子さまの結婚について発信するメディア・SNSは様々ですが、それらを俯瞰して見たとき、発言する人がどこを見ているのか、何を見ていないのかが見えて来るように思えるのです。
生まれで人生が左右される『親ガチャ』
『親ガチャ』というワードがメディアをにぎわせている背景には、日本の社会問題、すなわち貧富の格差が固定化するだけでなく更に拡大し、強者は更に強く、弱者はいくら頑張っても生活が良くならないという二極化の問題が横たわっています。
ヤフーニュース 「親ガチャ」は努力したくない若者の言い訳か? 親に人生を左右される若者のリアル 今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者 9/25(土) 9:01 https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20210925-00259912
親の経済的な問題で高いレベルの教育が受けられず、努力したくてもできない若者の、社会の仕組みに対する不満の切実な叫びと、自分は努力もせずに親のすねかじりばかりに期待する怠惰な若者を嘆く年配者のぼやきが、その議論の中に交錯しています。そんな議論を見ながらふと、眞子さまのことが頭に浮かびました。
眞子さまは今、女性皇族が一般人と結婚して皇室を離れる際に受け取る一時金を辞退して、小室圭さんとの結婚を前に進めようとしています。これまで小室さんの母親の金銭問題がメディアで騒がれ続けており、結婚が発表された後は報道ぶりが更に激しさを増すばかりです。この調子では、NYでの生活が始まった後も、パパラッチ・メディアが追い回すのは必至の情勢に見えます。
眞子さまは果たしてそんなご自分の境遇をどう感じておられるのでしょう?
10月1日、宮内庁は眞子さまが「複雑性PTSD」(複雑性心的外傷後ストレス障害)と診断される状況だということを公表しましたが、そんな状況に置かれている眞子さまが、今のご自分を幸せと感じておられるとはとても思えません。
なぜ、自分は皇室に生まれてきてしまったのだろう、皇室でなかったなら、自分の望む結婚をして自由に生活ができたのに。『親ガチャ』の結果、自分は皇室に生まれてしまい、皇族という自由が制限された人生を送ることを強要されている、等々と思っていても不思議ではありません。
メディアで皇室について発言する人々が見ているもの
眞子さまが叩かれる理由は、結婚相手に様々な疑惑が報道される小室さんを選んだからに他なりません。
小室さんの母親に関する金銭問題、またそれについての小室さんの発言など様々な報道に接する国民が、皇族女性が結婚する相手としてはふさわしくないと思っているという図式です。
女性自身 「小室圭さんは自分中心」竹田恒泰が語った結婚反対の理由 記事投稿日:2019/05/03 06:00 最終更新日:2019/11/27 13:51 https://jisin.jp/dom estic/1732996/
この記事は少し古いものの結婚に反対する人々の意見を集約していると思われるので、この記事からポイントと思われる部分を二つ以下に引用します。
「いくら個人の意思が尊重される時代とはいえ、皇族方はご存在そのものが公的なのです。上皇陛下がどれだけ公のためにお尽くしになったか、眞子内親王殿下もよくご存じだと思います。」
「小室さんには、眞子内親王殿下を幸せにしたいという気持ちよりも、ただ眞子内親王殿下が欲しいという自分中心の気持ちしか感じられないのです。国民にとっても、それが大きな違和感になっているのだと思います。」
すなわち、
「皇族は公的な存在なので個人の意見は封じなければならない」
および
「民間人でありながら自分個人の利益のために皇室の女性と結婚しようとしている小室さんを国民は許さないので、そういう小室さんと結婚しようとする眞子さまには反対」
という主張です。
つまり、一言で言うと、
「皇族がどういう行動をするかは、国民に了解されなければならない」
の一点に集約されると言えます。
この考え方は、憲法第一章第一条にある以下の規定および皇室典範等関連法規に基づいています。
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」
これに基づき、皇族は自由に行動することは許されず、国民に反対されないように生きていかねばならないという、人権制限が課される特別な対象であると考えられているのが一般的と言えます。
ただ、今回の眞子さまのご結婚騒動が、SNSが隆盛を極めネット民が匿名で言いたいことを言いたい放題垂れ流しにできる現在の社会環境下で正に火だるまになっている様をみるにつけ、人権の観点から到底これは看過できるものではないとの思いが日に日に強くなってきています。
上記の記事の中に、「上皇陛下がどれだけ公のためにお尽くしになったか」という一文がでてきます。言葉は丁寧ですが、その根底には、天皇陛下・上皇陛下の行動をほめる、上から目線で、ちゃんと自分の仕事をしてるじゃないかと論評するという視線が見て取れます。つまり、天皇および皇室については人格を持った人として見るのではなく、憲法で決められた職務を全うするためにこの世に生まれて来た機械・機関とみなし、人格性を排除する思想がある様に思えます。
またこの記事でひとつ認識が抜けていると思えるのは、上皇陛下御自身がご存命中に天皇を退位されるという、200年ぶりの生前退位のご判断をされていることです。
BBC NEWS Japan 天皇退位の特例法が成立 200年ぶりの生前退位へ 2017年6月9日 https://www.bbc.com/japanese/40217362
「皇族のご存在は公的である」ことを貫くのであれば、ご存命である限りは同じ元号を維持すべきとの議論になるはずで、一人の人格を持った人として、公務ができる・できないの判断を下す生前退位は、皇族が結婚する相手を一人の人格を持った人として判断して決めることが批判されるのと同様、批判の対象となるはずです。ただこの記事は生前退位の選択の是非には触れずに皇族の結婚相手の選択の是非だけを述べており矛盾している様に見えます。
上皇陛下の生前退位のご判断であれ、眞子さまの結婚のご判断であれ、皇族の方々が皇族に生まれて、物心がついて自分が皇族であると認識されてからのご自分の人生を、公的な立場でありながら「一人の人格を持った人間として」どのような思いで歩いてこられたのか、その思いは十分に尊重されるべきものであると思います。
おそらく上記記事の発想からは、「一人の人格を持った人間としてどのような思いで生きてこられたのか」という表現に大きな違和感を覚えるであろうことは容易に想像されます。
「一人の人格を持った人間として」の思いを封印して公的な存在として最後まで生きて人生を終えよ、という考えでしょうから。
小室さんとの結婚で眞子さまを叩く人々が見ているのは、このような皇族の方々が置かれている公的な『特別な地位』だけであり、その地位にある人々が、我々と同じ人格を持った人間であることは完全に無視していることが見てとれます。
彼らは特別な存在、特権階級なのだから、人権などあるわけないではないか、という声が聞こえてきそうです。見ていてとても耐えられる状況ではありません。
眞子さまのご結婚を天皇制・皇室の存続の是非に結びつけたい人々
眞子さまの結婚問題を益々こじれさせているのは、小室さんの母親について報道されている数々の疑惑について小室さん側がうまく説明できていないからだという指摘があり、これは事実であるように思われます。ただ問題はそれ以外にも、天皇制・皇室自体に反対する勢力が、直接関係ないにも関わらず眞子さまのご結婚の問題を自らの主張の為に利用していると思われることも無視できない状況と見受けられます。
ヤフーニュース/JB Press 眞子さまの「ゴリ押し婚」が違憲かもしれないこれだけの理由 9/25(土) 8:01配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/0698ae7b6e05d2cf9173d0e443b3c02898969671
この記事を引用する形で、#天皇制廃止、#皇室廃止、などのハッシュタグツイート、つぶやきがネット上を飛び交っているのは、どう見ても異常な状況であるとしか思えません。
この記事の主張するところは、眞子さまが結婚を強引に進めることは、日本国憲法が明示した天皇と皇室の公的権力の剥奪に違反し、民主主義を破壊している、というものです。
しかし、眞子さまが小室さんと結婚を進めることは、公的権力の行使で民主主義を破壊しているのでしょうか?到底理解ができません。
この記事は自説の主張に眞子さまの結婚問題をこじつけて利用しているにすぎない様に見えます。
天皇制・皇室の存在に反対する人が、過去の太平洋戦争における天皇の戦争責任論から天皇制・皇室の廃止を主張するものなのか、あるいはいわゆる「ルサンチマン(※)」から単純に「特権階級は悪だ」という感情が表出しているものなのか、一言では言えない感情が交錯しているようで何ともいえません。言論の自由からは自説を主張するのは自由ではあるものの、皇族が人格を持った人であることが無視された状況は、いかにも見るに堪えない景色です。
(※「ルサンチマン」は以下参照) https://kotobank.jp/word/%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%9E%E3%83%B3-150755
皇室の人権はそもそも憲法と他法令で制限されているのは事実ですが、だから法令に従って皇族は人格を持った人としての自分は捨てて国民の世論に従属して人生を終えよ、と言うのであれば、その様な天皇制・皇室は早晩立ち行かなくなり断絶するしかない運命なのであろうと思えます。
皇族として生まれた人も子供の頃は皇族の意味などわかるはずもありません。物心ついて歳を重ねて成長し、学校に通いながら社会に触れ、自分の存在の特殊性を認識していくはずです。思春期を過ぎて成人になる頃には、自らの自由ががんじがらめに制限されていることを認識するはずです。人として自らの人格を尊重して精神的に健全に、自律思考で人生を送ろうとする限り、皇族の人は自分が監獄につながれている感覚を持っても不思議ではありません。逃げ場のない、精神的に追い詰められていく状況が容易に想像されます。
また皇族が結婚相手として民間人を選ぼうとしても、特に今回の眞子さまのご結婚の経緯の後となっては、自ら望んで皇族と結婚しようとする民間人がどれほどいるのか、大変見通しが暗くなると思わざるを得ません。
そもそも天皇制についての議論は、過去の戦争の経験も絡み非常に深く重い話で、いったん始まると国論を二分する大議論になるでしょうから、政治の舞台でもなかなか突っ込んだ議論が始まらない様に見えます。
ただ、今回の眞子さまのご結婚の問題をきっかけに、現代社会に合った人権を考慮した皇室の在り方が真剣に議論がされないと、天皇制の犠牲になって人権を蹂躙される人々がなくなることはありません。これは見ていて非常に耐えがたいものです。
眞子さまの結婚をネタに金儲けをしたい人々
上記の「ゴリ押し婚が違憲」の記事には、眞子さまの小室さんとの結婚は、皇室と国民の間の特別な経済的関係が生じることを防止する目的で定められた憲法第88条に違反している疑いがある、と指摘されています。
小室さんと母親周辺の様々な報道については、正直、メディアが指摘している疑惑の数々に対して小室さん側の説明がわかりにくい状況からは、すっきりしない感覚を覚えるのは事実です。ただ、疑惑の中には、上述した自説の主張のために眞子さまの結婚問題を利用して情報操作をしているものが含まれる可能性も否定できず、これは現代情報社会・SNS社会のフェイクニュース問題の縮図の様な混沌としている状況と見えます。
それら真偽不明な情報をひとつひとつ取り上げることはここではしませんが、仮に、一部のメディアが報道している様に、小室さんが私的目的の為に皇室を利用しているということが事実であった場合、何が問題となるでしょうか?
一番問題としてあげられそうな一時金については、眞子さまが辞退されたことも報道されていますが、メディアの一部ではそれは法律違反だ、前例のないことを勝手にやるのは国民を無視した特権行使だ、との言い方をして叩いています。一方で、一時金をもらったとしたら、国民の血税が小室さんに渡るのけしからん云々メディアが騒いで叩くのは火を見るよりも明らかです。
一時金をもらっても叩かれる、辞退しても叩かれる。叩くと視聴率があがり、メディアは儲かる。眞子さまは、メディアのおもちゃにされているとしか思えません。
一時金を辞退されても尚、小室さんを警護するために税金をつかってけしからん、という論調がありますが、小室さんと結婚しようがしまいが、皇族が皇籍離脱して一般人になったらパパラッチ、メディアは追いかけるので、結局は眞子さま周辺には警護が付きます。
警護の数が違うだろうというかもしれませんが、ここまで警護の数を増やさなければならない程に騒ぎ立ててことを大きくしているのは、メディアに他なりません。
メディアは騒ぎが大きくなって注目を浴びた方が金儲けができますので。まさにメディアのマッチポンプ、眞子さまの結婚をネタに読者・視聴者を集める金儲けの手段に利用されてしまっています。
自業自得
当方周辺の馬の骨界隈、特に女性からは、報道を見ているとやはり小室さんは何かたくらんでいるに違いない、眞子さまは騙されている、眞子さま目を覚ませ~、という声が多数を占めます。当方も、もし眞子さまの父親の立場なら、(秋篠宮さまと同様)全力を挙げて反対をすると思います、ただ、最後は(秋篠宮さまと同様)父親としては娘の意向を尊重しますが。
もし仮に小室さんがそういう「悪い人」であったなら、誰が一番被害を受けるのでしょうか?
上記「眞子さまのゴリ押し婚が違憲」の記事に記載されている弊害・被害を引用し、如何に無意味な内容か見てみます。
「天皇と皇室の公的権力の剥奪に違反し、民主主義を破壊している」
⇒ 小室さんとの結婚は、公的権力の行使なのでしょうか?小室さんとの結婚は民主主義で進められるべきなのでしょうか?それはつまり、小室室さんとの結婚を国民投票にかけろという意味なのでしょうか?小室さんとの結婚を国民が国民投票で否決した場合、眞子さまの結婚相手は誰がどのように決めるのでしょうか?民主主義なので選挙で決めるのでしょか?広く立候補を募り国民が選挙で眞子さまの結婚相手を決めるのでしょうか?「今回の件で、皇族の権力は様々なことが可能となり、」 ⇒ 眞子さまが小室さんと結婚することで可能になる、皇族の様々な権力とは、何でしょうか?
「皇族は権力は持たないとされているけど、圧倒的な権力を持っていないか?」
⇒ 小室さんと結婚するのが圧倒的な権力でしょうか?小室さんと結婚するという圧倒的な権力をふるって、国民はどんな被害を受けるのでしょうか?
「これこそ力で国民をねじ伏せようとしている暴力 まるで戦前のようだ」
⇒ 小室さんと結婚することのどこが、国民をねじ伏せているのでしょうか?当方は国民ですが、特にねじ伏せられた覚えはありませんし、全く暴力も受けていません。
「力あるものに庶民は泣くしか出来ない。黒さえも簡単に白に変えてしまう。庶民は所詮働きアリ。力あるものに邪魔なら踏み潰されてお終い」
⇒ 小室さんと結婚することで泣く理由は何でしょうか?小室さんと結婚することが黒か白かどちらかとはどういう意味でしょうか?小室さんと結婚することが黒か白か、誰が決めているのでしょうか?小室さんと結婚することで踏みつぶされている人はどこにいるでしょうか?
「皇室が戦前のような「絶対的な天皇」と「盲従する臣民」という関係を、小室氏との特別な経済的関係の構築において再現させかねないプロセス」
⇒ 小室さんと結婚することが、どのようなプロセスを経て、戦前のような絶対的な天皇を再現させるのでしょうか?
これらの記事内容の中には「戦前」というワードが何度も出てきていることからも、そもそも戦前の天皇制の反省から天皇制の存続そのものの議論をしたい人か、あるいはいわゆるルサンチマンを表出させる人が、眞子さまのご結婚をこじつけて利用している様に見えます。読んでいるだけでも正直気持ちの良いものではありません。
改めて、もし仮に小室さんが「悪い人」であったなら、誰が一番被害を受けるのでしょうか?
それは、眞子さまご本人なのではないでしょうか。
結婚して一緒に住むと、結婚前にはわからなかった相手のことが色々と分かってくるものです。眞子さまも小室さんと結婚してしばらくたって、もし仮に小室さんが「悪い人」であってその本性に気が付いた時のことを思うと、心が痛みます。
ただ、結局それは、自業自得、ということではないでしょうか。
人を見る目がなかった、という話です。そうならない様に、親が、親族が、周辺の人達つまり宮内庁が、子供の頃から成人になるまで育てて面倒を見てきているはずですが、残念ながらできなかった、ということです。
ただそれだけの話、ということではないでしょうか。
一方上記の「眞子さまゴリ押し婚が違憲」の記事は、国民に有無を言わせぬ眞子さまのゴリ押し婚は憲法と皇室の権威が失墜するので何としても阻止せねばならない、と述べます。
その様な考え方の人々は、小室さんが仮に悪人だったとしても眞子さまの自業自得だという話で割り切れるものでは無いでしょう。ただ逆にいうと、ならばどういう解決策があるのかについては、何も記載がありません。
つまり、彼らが論じているのは、制度の話だけなのであり、その皇室という制度に属する人が一人の人格をもった人間である、ということは視界に入っていません。もし自分が皇室に生まれていたらとか、自分の娘が皇室の人と結婚すると言い出したらなど、もし仮に自分事であったらという発想、想像力が完全に抜け落ちています。
完全な他人事と思っているので、人の心の問題を考える発想は皆無です。
メディアで露出のある有名人が、SNSでの誹謗中傷で自らの人生を終わりにする悲しい事件が頻発している社会状況、人の心の問題を決して忘れてはなりません。
眞子さまも昨年末に出されたメッセージで、正に「心」の話をされています。
眞子内親王殿下が記されたご結婚についてのお二人のお気持ち 令和2年11月13日 宮内庁 https://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/03/gokekkon/okimoti.html
一時金貰っても叩かれる、辞退しても叩かれる。メディアは金儲けのために、何をしても眞子さまと小室さんを叩いて視聴者を引き付けようとする。叩かれる立場からは、出口がない状態で、心を健全に保ち続けるのは至難の業です。
コントロールの効かない出自で人権が抑制される立場
憲法他法令で人権に制限がかけられている皇室・皇族ですが、そこに所属する方それぞれが一人の人格をもった人間であることを考えると、皇室の人権の問題、ひいては皇室の在り方の問題はもっと積極的に議論をされてもよいのではないかと思います。
眞子さまの結婚を違憲だとして叩く人が、制度と仕組みだけを見て眞子さまの心には関心がない図式は、人種差別をする人が自分と相手が偶々別の人種に生まれたのは単なる偶然にすぎないことを無視しているのに似ています。自らの立ち位置から見える景色だけをみて、相手の立場に立って考えられない人種差別主義者については以下のブログ記事で書きました。
コントロールの効かない自分の出自で差別される人種差別は決して許されるべきではありません。差別をする心、考えはひとえに、想像力の問題、人が脳で作り出す『虚構』が導きだしているものに過ぎません。
自分の考え、虚構あるいはストーリーが間違いだと気が付いたら、自ら書き換えればよいのです。
しかし、コントロールの効かない自分の出自で人権が制限される皇室の方々は、一生その立場から逃げることができません。
人種差別は許されないのに、皇室に生まれた人々は憲法と法律で決められて国ぐるみで人権が制限されている。特権階級であることは事実ですし、過去の戦時中の皇室の記憶からは、一定の制限が加えられるのはやむをえないと思うのですが、眞子さまの結婚の関連でのメディア・SNSの振る舞い方は、現在の社会情勢からはどうしても理不尽に思えてなりません。
親ガチャに負けない柔軟な皇室に
親ガチャを恨む若者でも、自分がどういう職業について自分の人生をどう切り開いていくかを自律思考で自分で考えて選択していくのは自由です。もちろん、現在日本が直面しており対応が叫ばれている貧困問題、貧富の差の拡大の問題で最低限のハードルを越えられない弱者を救うシステムは、政治が介入して整えていかねばならないのは言うまでもありません。
一方で、皇族はというと、自律思考で自分の職業を選択することはできません。
生まれて物心がついて、自分が皇族という特殊な立場であるという自意識ができたとき、どの様に思うのでしょうか?自分事で考えて見てください。もし、自分が皇族に生まれていたら、と想像をしてみてください。特権階級というと聞こえは良いですが、羨ましいかと言うと、自律思考で自分で考えて自分の人生を歩いて行きたい当方は、羨ましいと思ったことは、一度もありません。
皇族の方々も、それぞれ自分の人格をもった一人一人の人間です。やりたいこともやりたくないこともあるはずです。生きているのだから、人も好きになったり、嫌いになったりします。
ただ、憲法と関連法規でその行動が規制されている特別な存在で、現在の憲法下で日本が続く限り、欠かせない存在です。
そんな欠かせない存在ですが、自ら望んでその場所に入ったわけではありません。生まれて物心ついて気が付いたらその場所にいて、決して抜け出すことは許されない制限の中で、日本に欠かせない存在を演じながら、自分の人生を歩んでおられます。
現在の状況では、今後生まれてくる皇族の方々も、『究極の親ガチャ』に当たった自分に対して、様々な思いが出て来るものと思います。
そんな立場の方々と言えども、自分の人格をもった一人の人間です。せっかく生まれた人生、自分の納得のいくような人生を過ごして欲しい。心からそう願います。
逃げたくても逃げられない立場の人々の心の問題、人権については、新たな時代の皇室の在り方を考えるときには欠かせない観点と言えます。時代の変化に合わせて皇室の在り方も改めて政治の舞台で根本的な議論が求められていると思います。
最後に、小室さん、10月26日に何を語るのか、語らないのか。世間では、皇室特権を悪用して自らのキャリアアップを図っており、けしからんという声もあります。上記のJB Pressの記事では、違憲だ!、とまで言われています。
もし小室さんが「悪い人」だとして、そんな悪人はこの世の中に履いて捨てる程います。またそれに騙される女性も同様に後を絶ちません。
特権で自らの私的利益を追求している悪人であれば、小室さんの前に、政治家・官僚他、現在の日本には履いて捨てる程たくさんいます。もっと大きな巨悪を放置したまま、小室さんの様な一般市民の小悪(仮に小室さんが私的利益の為に皇室を利用していた場合)をたたき続けているのは、メディアもどうかしているとしか思えません。
逆に言うと、巨悪と結託したメディアが、国民の目を逸らすために、眞子さま、小室さんを利用して炎上させているのではないのか、ということまで疑ってしまいます。
ひとつ、世の中における皇室を俯瞰した時に見えるものがあります。『皇室御用達』というビジネスです。ネットで皇室御用達と叩いてみてください。様々な商品が登場してきます。
それらの商品は、皇室の方々に使ってもらっている商品であることを自らの商品の宣伝に利用して、場合によると市場価格よりも高値で販売しています。
これは、上記のJB Pressの記事が指摘する、皇室と一部特定の国民との間の経済的関係を示すものに他なりません。自らの皇室との関係を利用してプレミアをつけて他競合他社よりも高く買わせるビジネスをしているわけですから。小室さんが皇室を利用して経済的利益を得ていると叩かれるのなら、世の中にある皇室御用達というビジネスをしている人たちは全て叩かれなければなりません。
少し話がそれました、いずれにせよ、小室さんを選んだのは眞子さまです。その結果がどうあれ、それは眞子さまの自業自得なのであろうと思います。
数年後、眞子さまは小室さんとどのように過ごされているのでしょうか?ひとえに、小室さんは決して「悪い人」ではなく、眞子さまが心から結婚して良かった、そう思って幸せな日々を暮らす人生になっていることを願ってやみません。
それでは。
1 thought on “眞子さまは『親ガチャ』に何を思う?”
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