前回の投稿では、世界を読み解く三つの視点―虚構・対象領域・関係―が世界の見方を変え、未来を意義ある形で創造するためのフレームワークを提供することを紹介しました。
今回は、その三つの視点で世界を俯瞰するにあたり、極めて有効なツールとして機能する「BS(貸借対照表)」の基本構造と、BSを応用することでどのように世界を読み解くことができるのか、その一例を紹介します。
1. BSの基本構造とは?
貸借対照表(BS)とは
貸借対照表(Balance Sheet: BS)は、企業の財務状況を示す重要な指標であり、「借方(資産)」と「貸方(負債・純資産)」の二つの要素で構成されています。
• 借方(資産) :企業が保有する経済的価値を持つもの
• 貸方(負債) :企業が外部から調達し、返済義務を負うもの。
• 貸方(純資産):企業の所有者が持つ資産で、返済の必要がないもの。
BSの本質は 「資産の状態(借方)」と「その資産の出所(貸方)」を明示する構造 にあります。

BSを抽象化すると見えてくるもの
このBSの構造をさらに抽象化し、汎用的なフレームワークとして整理すると、以下のようになります。
• 借方(資産) = 「何を持っているか」(資産の状態)
• 貸方(資産の出所) = 「どのように得たか」(資産の源泉)
さらに、貸方(資産の出所)を以下の二つの要素に分解できます。
• 負債 =外発:他者から提供された資産、義務を伴う(例:銀行借入、社債、未払金等)
• 純資産=内発:自己の中から生じた資産、義務を伴わない(資本金、利益剰余金等)
この構造を抽象化すると、BSの貸方は以下の二つで構成される二極構造を持つと整理できます。
• 外発 = 「外部からの資産の源泉」(返済義務あり)
• 内発 = 「内部から生じた資産の源泉」(返済義務なし)

2.三つの視点を活用するツールとしてのBS
前回の投稿では、「虚構」「対象領域」「関係」という三つの視点から、世界を読み解くアプローチを紹介しました(以下リンク参照)。
この三つの視点をより構造的に理解し、応用的に展開していくためのツールとして、BSの持つ二極構造は非常に有効です。
✅ 虚構:資産に「虚構か現実か」との切り口を導入できる。また、虚構が「内発的に生まれた価値」なのか、「他者が創出した価値」なのか、内発/外発のフレームで整理・分析できる。
✅ 対象領域:借方と貸方、さらに貸方の内発/外発という二極構造を用いることで、様々な対象領域を資産の切り口で多様に分析することが可能になる。
✅ 関係(相対関係):BSにおける借方と貸方、内発と外発、或は自己BSと他者BSといった相対関係通じて、多様な対象領域の新設、組み替えができる。
つまり、BSは三つの視点に内在する構造を可視化し、分析可能な形でフレーム化できる汎用的なツールとして機能します。
3. BSの二極構造を応用する
BSの「外発・内発」の視点を活用すると、単なる会計の枠を超え、さまざまな事象を二極構造で整理し、分析することができます。
ここでは、4つの分野での応用例を紹介します。
(1) お金のしくみ
BSの本来の適用範囲である「お金」の世界では、次のように整理できます。
• 外発=他人資本(負債) :借入金や他者から受け取った資金、など。
• 内発=自己資本(純資産):利益剰余金や自己創出した資金、など。
例えば、企業が 銀行からの借入(他人資本)に依存して成長する のか、それとも 内部留保(自己資本)で自己資金を蓄えながら成長する のかによって、経営戦略は大きく異なります。

(2) 思想のしくみ
思想や信念の形成も、外発・内発の観点で分類できます。
• 外発=外発的信念:社会や教育などから受け取った価値観
• 内発=内発的信念:自身の経験や内省から形成された信念
例えば、「努力すれば必ず報われる」という考え方は、教育や社会通念によって刷り込まれた 外発的信念 かもしれません。一方で、人生経験の中で学んだ 内発的信念 は、個人の価値観を形作る基盤となります。

(3) 権力のしくみ
権力がどこから生まれるかという点も、外発・内発の視点で整理できます。
• 外発=外発的影響力:肩書き・役職・地位・制度から得た影響力
• 内発=内発的影響力:人格・能力や行動力に基づく影響力
たとえば、「部長だから命令できる」という権力は、役職に依存する外発的なものです。一方、周囲が自然と従いたくなるような人間的魅力や行動力は、内発的な影響力といえます。

(4) テクノロジーのしくみ
技術がどこからもたらされたかという点も、BSのフレームで捉えることが可能です。
• 外発=外発的導入:外部から導入された技術や仕組み
• 内発=内発的創出:自ら開発した技術・独自ノウハウ
たとえば、外部から新しいITシステムを導入するのは外発的なテクノロジー導入です。一方、自社内で独自に開発したAIアルゴリズムなどは、内発的な技術創出といえるでしょう。

4. まとめ
本稿では、BS(貸借対照表)の基本構造を、会計の枠組みから出発し、抽象化・一般化することで、以下の点を示しました:
• BSは「資産の状態(借方)」と「資産の出所(貸方)」の二極構造を持つ
• 貸方をさらに「外発/内発」に分類することで、世界の構造を読み解くためのフレームワークとして応用可能である
さらにこのフレームを活用し、「お金」「思想」「権力」「テクノロジー」などの分野に展開することで、BSが普遍的な構造分析のツールになり得ることを示しました。
あわせて、前回論稿で取り上げた三つの視点(虚構・対象領域・関係)との接点も明らかにしました。
それぞれの視点が示す世界の捉え方は、BSにおける状態と出所の対比や、外発と内発の分離、相対関係の構造と深くつながっており、BSはこれら抽象的な概念を可視化・構造化するための有力なツールとなることがわかります。
BSは単なる会計の道具ではなく、世界を読み解く視点を提供する強力なフレームワークとなります。
