=『世間はあるが社会は無い』日本だからこそ問われるマスコミの社会的責任=
(52)目次 ・国連作業部会の指摘に対しても依然として動きが鈍い大手マスコミ ・『社会』と『世間』の違いで理解するマスコミの行動パターン ・大手マスコミの『行動指針』と、実際の行動のギャップ ・マスコミの役割とは『社会』と『世間』をつなぐこと
こんにちは。柳原孝太郎です。
去る4月15日に以下のブログ記事でジャニー喜多川氏の性加害問題をほぼスルーする日本の大手マスコミについて取り上げましたが、ほぼ4か月たった現在の状況を改めて俯瞰してみましょう。
国連作業部会の指摘にも依然として動きが鈍い大手マスコミ
そこからほぼ4か月たった現在、国連の人権作業部会が動き出したこともあり、さすがに全く無視することはできなくなったからか、本件を一部取り上げるマスコミの動きはあるものの、いかんせん未だ表面的な感じがぬぐえません。
毎日新聞 2023/8/4 19:50(最終更新 8/4 21:23) ジャニーズ性加害「メディアはもみ消しに加担」 国連部会が会見 https://mainichi.jp/articles/20230804/k00/00m/040/249000c
大手マスコミとジャニーズが共に依拠するエンタメ業界界隈での損得勘定を優先して行動している姿が、益々強く浮き彫りになってきているように見て取れます。
『社会』と『世間』の違いで理解するマスコミの行動パターン
そんな中で、改めて社会学者である宮台真司氏の言論の中に、この状況を理解するのに役立つキーワードがあるので今日はそのことを書くことにします。
宮台氏は、日本の『社会』と日本人を語るときに、柳田國男の言論に触れながら、社会と似て非なる概念である『世間』を持ちだして、「日本には『世間』はあるが『社会』はない」のような言い方を度々しています。
『社会』と『世間』の違いについては、以下の鴻上尚史氏の説明がわかりやすので参考に供します。
THE BIG ISSUE ONLINE 2019/06/15 “世間”と“社会”の違いを知れば、生きやすくなる? 鴻上 尚史さん(作家・演出家)からのアドバイス https://bigissue-online.jp/archives/1074949058.html
『世間』は「世間体を気にする」と言ったりすることから想像するとわかりやすいのですが、自分が関係する人々や組織の範囲、つまり『自分が所属する界隈』のことであり、『社会』は自分と関係があるなしに関わらず、自分が存在しているもっと範囲の広い公共の共同体、国や自治体(=地域社会)といったもの、と当方は理解しています。
マスコミがジャニーズ問題を積極的に報じない理由は、大手テレビ局はジャニーズのタレントを使ってエンタメ系の番組を多く手掛けており、しかも各局の看板番組として視聴率を稼ぐ、企業経営としてのテレビ局のドル箱の収益源となっているから、ということは想像に難くありません。
つまり、エンタメ業界という『所属する界隈』でポジションを失いたくないという損得勘定がその動機であることが見て取れます。
ただ大手マスコミは、営利企業であることはもちろん否定しないものの、一部の人の『所属する界隈』、あるいは『世間』の範囲に留まらず、日本の『社会』全体に対する大きな影響力を持っていることも事実でしょう。大手マスコミ各社は、当然その社会的な使命や存在意義を意識した経営をしてしかるべきであり、それほどマスコミの『社会』に対する影響力は絶大と言えるでしょう。
大手マスコミの『行動指針』と、実際の行動のギャップ
それでは、大手マスコミがどのような社会的な使命を経営理念や行動指針に掲げて経営をしているのかを見てみるのと同時に、実際の行動はその理念に沿ったものとなっているのか、俯瞰してみることにしましょう。
★★★「NHK倫理・行動憲章」「行動指針」★★★ https://www.nhk.or.jp/info/pr/guideline/ ○公共放送の使命を貫きます。 ◆ いかなる圧力や働きかけにも左右されることなく、みずからの責任において、ニュースや番組の取材・制作・編集を行います。 ◆ 放送の公平・公正を保ち、幅広い視点から情報を提供します。 ◆ 正確な放送を行い、事実をゆがめたり、誤解を招いたりする放送は行いません。事実との相違が明らかになったときは、速やかに訂正します。 ◆ 人権、人格を尊重する放送を行います。 ◆ 取材相手には誠実に接します。 ◆ 取材源の秘匿を貫きます。 ◆ 暴力、俗悪、差別などを排除し、青少年の健全な育成に努めます。 ◆ 高齢者や障害者などに十分配慮した、人にやさしい放送に取り組みます。 ◆ 大きな災害が発生したときやそのおそれがあるときは、人命や財産を守るために全力を尽くします。 ◆ 文化の担い手、情報の発信拠点として地域に貢献します。 ◆ 著作者や出演者の権利を尊重します。
日本で唯一の公共放送であるNHKですから、行動憲章で公共性の文言がでてくるのは当然と言えますが、「いかなる圧力や働きかけにも左右されることなく」、あるいは、「人権、人格を尊重する」という文言もでてきます。ただ、20年前からジャニー喜多川氏の問題は表ざたになっており、著しく人権侵害を受けている人が勇気を出して声を上げているにもかかわらず、NHKが今回のBBCの告発があるまで積極的に本件を取り上げる姿勢は無かったと言えます。
NHKも他の民放の御多分にもれず、ジャニーズ事務所のタレントは看板番組である紅白歌合戦を始め、視聴率上位の番組には欠かせないものとなっており、結果的にジャニーズ事務所に忖度し、無言の圧力・無言の働きかけを受けたのと同じ結果になっていたのではないでしょうか。
★★★日本テレビ コンプライアンス憲章★★★ https://www.ntv.co.jp/info/compliance.html 基本憲章 一、私たちは、国民の共有財産である電波・放送に携わる者として、その誇りと自覚を持ち、社会の利益のために奉仕する精神を忘れず、文化と福祉の向上に貢献します。 一、私たちは、放送人、報道機関の一員として、法令の遵守はもとより、社会的良識に基づいたより高い倫理観のもと行動し、公正で健全な事業活動を行います。 一、私たちは、公正、迅速な真実の報道、心に通う番組、魅力的なイベントや商品を提供し、視聴者・国民に愛されることを目指します。 一、私たちは、正当な競争による広告放送を通じ、視聴者・国民の利益と経済、社会の発展に寄与します。 一、私たちは、基本的人権を尊重し、互いに人間としての尊厳と価値を認めて行動します。 一、私たちは、社会の一員としての立場を自覚し、地球環境の保全など、人類共通の課題の達成に貢献します。
もし日本テレビが基本憲章にある、「社会的良識に基づいた高い倫理観のもと行動」することを念頭に置いているのであれば、ジャニー喜多川氏の問題が発生した後、何もしないでスルーするという行動になることはあり得ないでしょう。
★★★テレビ朝日グループ理念★★★
https://www.tv-asahihd.co.jp/corp/philosophy.html
企業使命
テレビ朝日グループは放送・その他の事業を通じてより魅力的かつ社会から求められるコンテンツを提供し夢や希望を持ち続けられる社会の実現に貢献します。
5つの宣言
テレビ朝日グループはお客様と共に進化・成長し続けることを誓い一致結束してこれらの約束を実行します。
・視聴者をはじめとするお客様と共に
・アドバタイザーと共に
・パートナーと共に
・社会とともに
社会的使命を十分に自覚して、法令を遵守して社会的規範・社会的良識に基づいた
事業活動を行うことにより、地域・社会の発展に貢献します。
・株主と共に
もしテレビ朝日が企業使命として掲げる、「社会的使命を十分に自覚し、社会的規範・社会的良識に基づいた事業活動を行う」ことが念頭にあるなら、性加害問題が発覚した段階で、ジャニー喜多川氏に周辺の取材をして積極的な報道をしていたはずです。テレビ朝日はそのような行動はとっていませんので、人権侵害が起きている事態を追求することは、同社は社会的使命とは考えていない、ということになります。視聴者は、テレビ局が結局何を考えて行動しているのか(行動しないのか)、しっかりと見ていく必要があるでしょう。
★★★TBSグループ行動憲章★★★ https://www.tbsholdings.co.jp/about/governance/statement.html
多様な価値観を尊重し、希望にあふれる社会の実現に貢献する
~社会への誓い~
人権と多様性の尊重
私たちは、人権を尊び、多様な価値観を重んじ、いかなる差別・偏見とも決別します。
社会貢献と環境保全
私たちは、社会とのつながりや自然との共生を大切に考え、持続可能な社会と、よりよい地球環境の実現に努めます。
法令遵守
私たちは、メディア・グループの一員としての高い倫理観を持ち、法令や社会規範を守り、信義を重んじ、公正・透明な企業活動を行います。
TBSが「高い倫理観」をもっているのであれば、これまでのどこかのタイミングで、ジャニー喜多川氏の問題の報道を始めていたはずです。結局、社会的使命を意識した高い倫理観のある会社ではなく、損得勘定のために人権を後回しにするのが彼らの行動指針ということに見えてしまいます。
★★★フジテレビ行動宣言★★★
https://www.fujitv.co.jp/company/philosophy/
1.社会的責任
メディアのもつ社会的な影響力を自覚し、公平・公正で信頼できる情報を発信します。 2.社会貢献
「心に響く」コンテンツを創造し、文化・教育・環境など多様な分野に貢献します。 3.明るい職場
働く人たちの個性と能力、多様性を尊重し、自由闊達な職場をつくります。
フジテレビの言う「社会的な影響力の自覚」は、所属する界隈の損得勘定の前には、見事に消し飛んでいる、というのが、フジテレビのジャニーズ問題周辺の報道姿勢から明らかです。社会的責任は後回しで、所属する界隈の人達だけをみて報道内容を決めていることが見て取れます。
★★★
こうして大手テレビ局の経理理念・行動指針を眺めながら、ジャニー喜多川氏問題に対する報道姿勢を俯瞰してみると、彼らが行動指針で謳っている『社会』は、社会というよりは『世間』、あるいは、『自らの所属する界隈(=ジャニーズ含むエンタメ業界等)』、と置き換えてみると、なるほど、と思えてしまいます、残念なのですが。
・NHK: 「いかなる圧力や働きかけにも左右されることなくニュースを製作する」 ⇒ 「所属する界隈で自分が得をするように(損をしないように)、ニュースを製作する」
・日本テレビ 「社会の利益の為に奉仕」 ⇒ 「所属する界隈の利益ために奉仕」 「社会的良識に基づいたより高い倫理観のもと行動し」 ⇒ 「所属する界隈の良識に基づいた所属する界隈の論理のもと行動し」 「社会の一員としての立場を自覚し」 ⇒ 「所属する界隈の一員としての立場を自覚し」
・テレビ朝日 「社会から求められるコンテンツを提供し」 ⇒ 「所属する界隈から求められるコンテンツを提供し」 「所属する界隈が提供して欲しくないコンテンツの提供をやめ」 「社会的使命を十分に自覚して」 ⇒ 「所属する界隈の使命を十分に自覚して」 「社会的良識に基づいた事業活動を行う」 ⇒ 「所属する界隈の良識に基づいた事業活動を行う」
・TBS 「社会貢献」 ⇒ 「所属する界隈に貢献する」 「社会的規範を守り」 ⇒ 「所属する界隈のしきたりを守り」
・フジテレビ 「社会的責任」 ⇒ 「所属する界隈に対する責任」 「メディアの持つ社会的影響力を自覚し」 ⇒ 「メディアのもつ所属する界隈への影響力を自覚し」 「社会貢献」 ⇒ 「所属する界隈に対する貢献」
こうして見てみると、現在の大手テレビ局は皆、所属する界隈のプロパガンダ機構にしか見えません。繰り返しますが大手テレビ局と言えども営利企業ですから広告主や番組のファンなど、自らの収益源となっている界隈の意向を汲み取って行動するのは是とされるでしょう。一方で世間・所属する界隈のみならず、社会に対して絶大な影響力を持つ、大きな社会的使命を帯びた存在として行動することも求められるはずです。各社の経営理念・行動指針で各社が自ら掲げている通りに。しかし実態は上述の通りで、残念な状況になっているように見えます。
マスコミの役割とは『社会』と『世間』をつなぐこと
斯様な大手マスコミの行動(非行動)を見ていると、なるほど、宮台氏が言う「世間はあるが社会はない」とはこういうことなのかと実感がわいてきます。それと同時に、『世間』はあるが『社会』はない、と言われてしまう日本だからこそ、『世間』や『所属する界隈』ではない、本当の意味での『日本の社会』のために高い倫理観を持って公平・公正に報道をしてくれるテレビ局・報道機関の必要性・重要性は、身に染みて感じることができます。
ただ、幸いなことに、現在ではネットメディアが大変充実してきており、大手マスコミの偏向報道、あるいは報道規制のような傾向があっても、ネットメディアを利用することで、大手マスコミが報道しない様々な情報、事実関係を把握することができるようになってきました。
現在、限られた大手テレビ局だけが電波を占有している状況は、総務省の機能の見直しも含めて、今後時間をかけて大きく変わっていくことを期待したいものですが、ネットメディアがそのための原動力であろうことは間違いなさそうです。
現在は、PC・スマホがありさえすれば、誰でもネット情報が確認できるし、また逆に、発信したいことを自由に発信できる時代になってきています。一部の権力者集団が自らの利権をむさぼり続けるために自らの所属する界隈のためだけにマスコミ・大手メディアを利用するような状況は排除されなければなりませんが、そのためにはネットメディアの情報発信の重要性が益々高まっているように思えます。
自由主義・自由経済のもとでは、自らの損得勘定を追求する権利は誰にも認められており、これは、誰にとっても、当方にとっても、とても大事です。程度の差はあれだれでも世間体は気になるものであるし、生活のため、家族のためには、所属する界隈で利益追求の経済活動をすることは現在の社会情勢では必要不可欠と言わざるを得ません。
一方で、真の意味で公平・公正な社会のフレームを維持することは、自由主義・自由経済を回すための基礎、根本条件でもあります。自ら所属する界隈のため、また所属する界隈を乗り換えるため、あるいは、未来に向けた新たな界隈を作り出していくためにも、界隈が寄って立つ土台である『社会』をゆるぎないものにすることが必要です。そのために、ネットメディアが果たす役割は今後益々増大していくと思われると同時に、大手マスコミ自身も、特定の界隈の損得勘定を越えて公共性を備えた社会のための報道ができているか、自己点検をしっかりとする自社の仕組みづくりが必要に思えます。
マスコミが自社の所属する界隈のためだけに報道をしているとすれば、ネット隆盛の時代では、大手マスコミの衰退を加速するだけの様に見えます。元々公共性の意識が薄いマスコミは、社会的使命を帯びて経営していくことにはそもそも関心がないでしょうから、そういう道、つまり、所属する界隈のプロパガンダ機関として歩んで行けば良いと思います。
『社会』と『世間』をつな公共性をもって公平・公正に報道をして、『社会』と『世間』をつなぐことができるのは、マスコミ・メディアの特徴的な機能と言えます。ただ、現在の大手マスコミ・大手テレビ局は、この地位を自ら放棄して、所属する界隈のプロパガンダ機関に、シフトして行っているように見えます。
それも時代の流れ、自由主義・自由経済ですから、一企業の行く末は、企業自らが決めればよいと思います。今後、公共性をもって公平・公正な報道をしていく役割は、大手テレビ局から、ネットメディアへとシフトしていくのは避けられない様に思えます。
こんな状況だから、どこかのテレビ局が、ジャニーズ事務所に決別宣言をして、一切の関係を断つ、というところが出てくると、ある意味一つの競争戦略・差別化戦略と思うのですが、かような英断をするテレビ局が現れることを期待しながら、ネットメディアを軸にして今後も『社会』と『世間』の情報収集をしていきたいと思います。
それでは