=五輪競技で抜き打ちスーツ検査をする目的とは?=
こんにちは。柳原孝太郎です。
北京オリンピックのノルディックスキー・ジャンプ混合団体で、日本の高梨沙羅選手を含む強豪国4か国5人の選手がスーツ規定違反で失格になった問題が、どんどん大きくなっています。
一連の顛末を俯瞰して見ていて思うのは、ここでもやはり、宮台真司氏のいう、『損得マシーン』・『法の奴隷』『言語の自動機械』に成り下がっている大会運営組織に属する人達の思考行動のひどさです。
最初のスーツ違反が出される前、競技が開始されて競技方法の説明を聞いていたとき、まず思った2つの違和感があります。
ひとつは、ジャンプ競技に中国が出ている、という点です。過去、スキージャンプ競技でのワールドカップ・世界選手権で中国選手が参加しているのは聞いたことがありません。ただこれは当方も熱狂的なスキー・ジャンプ競技のファンでもなく一般視聴者なので、当方が知らないだけで、最近中国もジャンプに力を入れていのかもしれない。あるいは、オリンピックでは開催国特権はあるので、中国も開催国特権でジャンプにも参加しているのだろう、とある意味理解はできました。
もうひとつは、競技方法・順位の決め方について。参加国は10か国で、10か国の4選手(男子2・女子2)が一回目を飛んで、合計得点の多い順に、8か国が二回目に進める、とのこと。ただ、これを聞いて、えっ、という違和感を感じました。予選⇒決勝というのであれば、普通は半分くらいになる。例えば12か国参加で予選をやるなら、決勝は上位6か国にする、とか。10か国参加なら、半数にして奇数がおかしいとすれば、4か国あるいは6か国程度の決勝進出が妥当ではないか。あるいは、そもそも予選参加国が10か国と少ないのなら、足切り制度をやめて、参加10か国すべて2回飛ばして順位を決めるほうが、しっくりこないか。10か国中2か国だけ足切りする意味は何なのか。何か、意図的に協議方法をいじっている、そんな違和感を漠然と受けました。
そんな違和感を感じながらも競技が開始され、応援する高梨沙羅選手の一回目、個人戦のくやしさを吹っ切る最長不倒となる大ジャンプを見て歓喜したのもつかの間の、スーツ違反の第一報。
正直、しくみが全く理解できず、そんなことが起こるのか、と何がなんだかわからないうちに、競技が進むにつれて他の強豪国にもスーツ規定違反が続出する事態となりました。
何とも後味の悪い結果を、知人となんでこんなことなるんだろう、と話していた時、知人が一言、そりゃ、中国なんだから、なんでもやるんじゃないの、とつぶやくのを聞いて、競技冒頭で当方が感じた2つの違和感を思い出しました。
日本人のひとりとして、高梨選手のソチオリンピックから平昌を経て今回の北京五輪に至るストーリーを知っているだけに、失格の失意の中での高梨選手の二回目飛躍での大ジャンプ、その後の言動をなんともいたたまれない心持ちで見ていましたが、高梨選手以外の失格となった国の選手たちも、当たり前ですがそれぞれのストーリーがあます。それぞれの国の人々の感情もそれはそうです、おさまりません。失格選手のコメントが報道されてくることになりますが、その中に、今までとは明らかに違う方法で検査された、というものがあります。これは、その後、高梨選手も同様の発言をしているのが、報道されています。
最初の2つの違和感と、様々な報道を合わせて考えると、様々な疑問が湧き上がってきます。何か、元々ひとつのストーリーがあったのではないか。
・10チーム中8チームが決勝進出、というルールはどの様な経緯で決まったのか。大会運営に口を出せる力をもった参加国が、自らの国威発揚のために、通常では予選突破を果たせない実力しかない自国チームの予選突破の可能性を高めるために、10か国8か国決勝進出、というへんてこな仕組みづくりを主導していないか。
・抜き打ち検査とのことだが、抜き打ちで誰を検査するか、について、どの様に決めているのか、明らかにして欲しい。回答できないのであれば、それはもはや、スポーツ競技とは言えないのではないか。意図的に裁量を加える力が加わる可能性を否定できない仕組みは、果たして公平なスポーツと言えるのか。
・そもそも、なぜ、抜き打ち検査をするのか。ドーピングに係わる薬物検査はその特殊性から全員検査に加えて適宜抜き打ち検査をする意義は誰も否定できず、結果として抜き打ち検査をする正当性は、反論が無い様に思える一方、スーツは、物理的に明らかに存在し、競技の表舞台で誰が見ても一目でわかるもの。それを事前に検査しないで、抜き打ち検査をするのはなぜか?一部報道では、事前に全員検査をするのは競技進行に支障をきたす、という話がでていますが、よく理解できません。やり方は、素人の当方が考えても色々思いつきそうです。
たとえば、ボクシングは体重によって階級が分かれており、選手は厳格な体重管理を求められます。
ただ、ボクシングで前日の体重検査をパスしたあと当日試合の日を迎え、リングに上がったところで抜き打ち検査です、体重測ります、体重オーバーなので失格です、という話は聞いたことはありません。そんな後出しジャンケン、ひっかけのような趣味の悪いルールにはしていない、ということです。今回のジャンプ混合団体のスーツ抜き打ち検査は、それほどバカげた検査にみえます。事前に全員確認したスーツで、選手に競技させる。そんな簡単なことが、なぜできないのでしょうか。
・検査をした検査員が、「今年はみんなスーツのサイズが本当にひどかった、それに対抗した」と発言していることが記事になっています。
https://www.chunichi.co.jp/article/416042
『今年はひどかった』とのことですが、ひどいと最初に認識したはいつなのか?認識した時に、直ぐに是正をもとめなかったのはなぜなのでしょう?わざわざ五輪の本番までひっぱって、それまでのワールドカップでしていなかったことを、これ見よがしにやることに、どんな意味があるのでしょうか?
メディアの報道を見ていると、オリンピックの前のワールドカップなどの大会では、ここまでの失格者が出たことは見たことがない、とのこと。今年はひどかったのであれば、今年のワールドカップでなぜ今回のような事態ならなかったのか?
思いつくのは、制裁を加える、というオリンピック競技で選手に思う存分競技させるという本分から全くかけ離れた何か別の政治的・個人的な遺恨をはらす目的意識が働いているとか、あるいは、どこかの国を意図的に落とす(結果として他の国を上位にあげる)ことを仕組んでいる、という陰謀論的な理由です。
・検査方法を変えたのはなぜか? 高梨選手を含め、各国の選手が、過去とは違う検査方法だったといっている。なぜ、検査方法を変えたのか? 変えていないというのであれば、失格になった選手が具体的に違う部分を発言しているが、それに対して論理的・具体的に反論できるか?
・失格になった高梨選手、先日のノーマルヒルで銀メダルを獲得したドイルのアルトハウス選手も、個人戦の時と同じスーツだったと言っている。失格の理由がスーツであるなら、個人戦も違反スーツで望んでいたアルトハウス選手の銀メダルと、高梨選手の4位は、撤回されるべきものではないのか?抜き打ちであたらなかったらセーフ、あたったらアウト、というのは、もはやくじ引きにすぎず、くじ引きの要素で順位が決まるものは、スポーツ競技と言えるのか? 選手が人生をかけて取り組んでいるオリンピックの競技としてふさわしいか?
そんな疑問を色々感じてしまうのですが、改めて全体を俯瞰してみたとき、本稿の冒頭でも述べましたが、組織と組織に属する人が陥る劣化した姿は、宮台真司氏が指摘する『損得マシーン』『法の奴隷』『言語の自動機械』の全てに当てはまるのが見てとれます。
オリンピックは、何のためにやっているのでしょうか?オリンピック大会運営組織に所属している人達は、スキー連盟に所属している人達は、何のために自らの仕事をしているのでしょうか?
競技方法(10か国中8か国が予選通過というしっくりこないやり方含む)や競技ルール(抜き打ち検査をする、いつ誰にやるのかは運営者側が意図的にコントロールできる)を、自らの損得勘定を満たすために悪用する、『損得マシーン』になっていないか?
抜き打ち検査というルール(法)に縛られて、本来追求されるべき、選手が思う存分に力を戦わせて競う場を提供するよりも、ルール(法)を執行し抜き打ち検査をすること自体が目的化する、『法の奴隷』になっていないか?
抜き打ち検査というルール(言葉)の中身が妥当かどうかということは一切考えず、ルール(言葉)はルールであるというだけで、一番大事な選手の競技環境を悪化させていようがどうしようがお構いなしに、目の前のルールを何も考えずに自動的に実行するだけの、『言葉の自動機械』になっていないか?
いずれにせよ、今回のオリンピックでは、大会運営に大きな力をもつ特定の組織・特定の国家が、何を目的に何をしているのか、という観点で色々な疑惑がでており、オリンピック後も尾を引いていきそうです。そんな状況も、引き続き俯瞰して見ていきたいと思います。
それでは。