=『損得マシーン』IOCと『損得外』に踏み出したWTA=
(31)目次 ・ 対応の違いから見える組織の存在意義 ・ 宮台真司氏の言う『損得マシーン』を地で行くIOC ・ 『社会の外』『損得外』に踏み出して行動したWTA ・ オリンピックの意義を再考すべきとき
こんにちは。柳原孝太郎です。
中国共産党元幹部から性的暴行を受けたとSNSで告白した中国のテニス選手・彭帥氏の安否が気遣われている問題について、北京オリンピック開催への影響を避けたい中国政府・IOCと、自らの収益を犠牲にしても人権問題に妥協をしないWTAが対照的な行動を示し、注目されています。そこには、宮台真司氏の言う『損得マシーン』に成り下がっているIOCのク○ぶりが手に取る様に見えるのです。
対応の違いから見える組織の存在意義
中国のテニス選手・彭帥氏が中国共産党元幹部から性的暴行を受けたとSNSに投稿された後に安否が不明となっている問題は、その後周辺関係者の間に様々な動きがあり事態が収まる気配が見えません。
斯様に人権を軽視する中国当局が北京オリンピックを開催することが果たして妥当なのかとの疑問が世界的に投げかけられる中、子供だましのような取り繕った手法で彭帥氏の無事を必死に訴える中国政府に加え、あろうことか、IOCがバッハ会長自ら直接彭帥氏と連絡をとり安全確認したとの報道をするなど、事態の収束に前のめりに見えます。
ただ、IOCも直接連絡が獲れたというだけで、SNSで彭帥氏が投稿した性的暴行については一切触れられていません。また中国政府と一致団結して本件対処に当たっているIOC以外の誰も、彭帥氏となぜ連絡が取れないのか、実態として彭帥氏は現在どのような状況に置かれているのか、一切明らかにされていません。
そもそも、なぜ突然IOCが出てきたのでしょうか?テニス選手が直接関係するWTAが手を尽くしてもコンタクトが取れないにも関わらず、東京オリンピックが終わったばかりでオリンピック競技でテニスが関係するのは4年後でWTAよりも明らかに関係が薄いはずのIOCが唐突に出て来たのは、冬季オリンピックを前にした中国政府とIOCが結託しているとしか思えません。
一方、WTAはIOCとは正反対の態度・行動を示しています。12月1日に出されたスティーブ・サイモンCEOの声明では「中国の指導部は非常に深刻な問題に、信頼できる方法で対処していない」と述べて、香港を含む中国での一切のWTAの大会の開催を見送ると発表しました。
デイリー 2021.12.02 WTA 中国開催中止に称賛 彭帥さん巡りIOCと対応対照的 北京五輪開催に影響も https://www.daily.co.jp/general/2021/12/02/0014885034.shtml
これらのやりとりと見ていてふと、宮台真司氏の言う『損得マシーン』としての行動しかするつもりの無いIOCと、人権を重視する正しい道を進む為に『損得外』に敢えて自ら踏み出したWTAの、両者の根本的な違いが見えて来るのです。
宮台氏の言う『損得マシーン』『損得外』については、宮台氏の著作・発言の中に出てきますが、彼の映画評論『崩壊を加速させよ』のまえがきにもわかりやすくまとめられています。
宮台真司氏の言う『損得マシーン』を地で行くIOC
社会が合理化・システム化されて計算可能化されると損得勘定が先行し、更には損得勘定だけが横行する世界に閉じこもって損得勘定の外側=『社会の外』の無い世界で、無意識にすべての行いが損得勘定ベースで行うようになった人・組織を、宮台氏は『損得マシーン』と呼びます。
今回の彭帥氏をめぐるIOCの行動はまさに損得マシーンに見えてしまうのですが、オリンピックとそれを実行するIOCは、元から損得マシーンだったのでしょうか?
オリンピック憲章をみながら、今回の彭帥氏の問題に関連する部分を抜き出してみます。
オリンピック憲章(2020年7月17日から有効) 国際オリンピック委員会 https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2020.pdf ※ オリンピズムの基本原則 ... 2. オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すため に、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。 ⇒ 「人間の尊厳の保持」と言いながら、彭帥氏がSNSで訴えた尊厳の侵害に対して、 IOCは一切無視しているばかりか、中国政府の情報操作に協力している様に見える。 ... 4. スポーツをすることは人権の1つである。すべての個人はいかなる種類の差別も受ける ことなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければなら ない。オリンピック精神においては友情、 連帯、 フェアプレーの精神とともに相互 理解が求められる。 ⇒ 彭帥氏はSNSでの共産党元幹部からの性的暴力を告白したことで、中国当局により 自由を奪われてテニスをする機会を奪われていることに対して、IOCは一切無視して いるばかりか、中国政府の情報操作に協力しているように見受けられる。 ... 6.このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、 宗教、政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分 などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければなら ない。 ⇒ 彭帥氏がSNSでの投稿により中国当局からその自由の制限・差別を受けていることに 対して、IOCは一切無視しているばかりか、中国当局の情報操作に協力しているように 見える。 ※ 第一章・オリンピックムーブメント ... 2 IOCの使命と役割 ... 6. オリンピック ・ ムーブメントに影響を及ぼす、 いかなる形態の差別にも反対し、 行動する。 ⇒ 彭帥氏がSNS投稿を原因とする中国当局による自由の束縛を受けている、差別を受けて いるにも関わらず、それに対して反対も、行動もしていないばかりか、中国当局の情報 操作に協力していると見受けられる。 ... 8. 男女平等の原則を実践するため、 あらゆるレベルと組織において、 スポーツにおける 女性の地位向上を促進し支援する。 ⇒ SNSにて性的暴力を受けたと投稿した彭帥氏の地位向上を支援していないばかりか、 それを抑え込もうとする中国当局の情報操作に協力している。 11. スポーツと選手を政治的または商業的に不適切に利用することに反対する。 ⇒ スポーツ選手である彭帥氏のSNS投稿問題を隠そうと情報操作をする中国当局に 対して、反対しないばかりか、中国当局に協力する形で彭帥氏を利用して情報操作 をしているように見受けられる。 ... 12. スポーツ団体および公的機関による、 選手の社会的、 職業的将来を整える努力を促し、 支援する。 ⇒ スポーツ選手である彭帥氏が自らが中国共産党元幹部に性的暴力を受けたことをSNSに 投稿したことから社会的・職業的将来を脅かされる扱いを中国当局から受けている にも関わらず、それを解消する努力も支援もしていないばかりか、中国当局の情報 操作に協力しているように見受けられる。 18. 安全なスポーツを奨励し、 あらゆる形態のハラスメントおよび虐待からアスリートを 保護することを促進する。 ⇒ 中国共産党元幹部から性的暴力・性的ハラスメントを受けたとする彭帥氏のSNS投稿を 無視し、彭帥氏が虐待を受けている事態の確認もせず、保護をしようとしていない。 またSNS投稿後に中国当局から自由を奪われていると思われる状況に対し、その事態の 確認もせず、彭帥氏を保護する努力もしていなばかりか、中国当局の情報操作に協力 している様に見受けられる。
こうして見ると明らかなように、本来オリンピック憲章で謳われているオリンピックの基本原則、ICOの使命と役割を一切無視して、中国当局による彭帥氏の人権封じ込めに協力して行動するIOCの姿がまざまざと浮かび上がります。
そこに見えるのは、宮台氏が指摘する『損得マシーン』に他なりません。IOCは今回の彭帥氏の問題がこじれて北京オリンピックの開催に影響が及ばないのを最優先に行動しています。人権は後回しでオリンピック開催とそれにより得られる利益・収益が最優先の損得マシーンを地でいく姿です。その為には、オリンピック憲章に明記されているIOC自らの使命と役割はどうでもよい。東京オリンピックでも垣間見えた商業主義優先の利権としてのオリンピックの姿ですが、今回の彭帥氏の件で明らかになったのは、とうとうここまで来たかと思えるIOCのあさましくも損得勘定だけを見据えるク○ぶりです。
『社会の外』『損得外』に踏み出して行動したWTA
そんな損得マシーン・IOCとは一線を画した行動をしたのがWTAです。
経済界のみならずスポーツ界でも大きなお金を動かすようになっている中国ですが、テニスも例外ではありません。WTAにとっては中国でのトーナメント開催は組織の維持・発展をはかるための利益的な貢献は計り知れません。
それにも拘わらず、今回の彭帥氏の一件での中国当局の対応から、今後の中国での全ての大会の開催を見合わせると発表しました。
WTAのこの行動は、宮台氏の指摘する『損得外』に踏み出したものと捉えられます。
『社会の内』『損得の内側』は、WTAが作り上げて巨額の資金が動くビジネスそのものです。そこには資金力を背景にした中国と中国のスポンサーも欠かせない一部として構成されています。今回、そのできあがったシステムの一部である中国を自らの構成から外した、つまりWTAが自ら中国の外に出たということです。「中国でのテニス大会を開催するビジネス」という出来上がったシステムの内側から、損得を超えて、つまり、損することが明らかであるのにあえて外に出た、ということになります。
なぜなのかは言うまでもありません。WTAは『損得外』にある基本理念、自らの存在理由を忠実に受け止めて、何が良いのか悪いのかを判断したと言えます。上述したIOCが全く無視しているIOC憲章に記載されているIOCの使命と役割の内容を、皮肉なことにWTAが忠実に実行していると見えます。つまり、WTAは『損得外』を無視して『損得マシーン』で居続けることで自らがク○になることを、明確に拒否したと言えます。損得マシーンを地で行くIOCとは雲泥の差があります。
オリンピックの意義を再考すべきとき
今回の彭帥氏の問題は、来年2月の北京オリンピックの本番までこれからも様々なところから、特に人権問題に敏感なアスリートの中からも、色々な声が上がって来ることが予想されます。果たして北京オリンピックが実施される来年の2月にどのような形で世界はオリンピックを迎えるのでしょうか?
オリンピックの利権問題、行き過ぎた商業主義の弊害はずっと議論されてきており、今年の夏に行われた東京オリンピックの際にも、様々な意見が出ています。
改めて強く思うのは、やはりオリンピックはアスリートファーストで考えて行動すべきということです。
先の東京オリンピックに続いて、今度の北京オリンピックについても、今回の彭帥氏の問題をきっかけに、オリンピックの在り方、行き過ぎた商業主義のままで実施されるオリンピックでいいのか、という問題は改めて議論されるべきものに思えます。
個人的にはやはり、世界の大富豪の誰かが有り余るお金の世界に貢献できる使い道として、IOC Bチームを構成して世界で組織化し、バッハ会長をはじめとする商業主義・利権主義の既存IOCから切り離した真の意味でのアスリートファーストで損得勘定抜きにした世界平和に資するオリンピックが実現できないものか、と思います。
そんな夢のような話を思いながら、彭帥氏の動静、来年2月の北京オリンピックまでの情勢を良く俯瞰して行きたいと思います。
それでは。