バランスシート思考によって世界を読み解く――BS三層フレームとは、「対象領域・構造(虚構とストック)・関係」を貫く概念フレームワーク。
1.はじめに:広がるBS思考の射程
前回までの3回の投稿ではそれぞれ次のような視点から論稿してきました。
・「対象領域」「虚構」「関係」という3つの分析視点を、世界の構造を読み解く基本軸として導入しました。これら3つの視点は、現実を常に動的に形づくるループ構造をなしており、固定的なものではありません。このループは、「対象領域ジャンプ」に象徴されるように、パラダイム転換や新たな視座・システムの出現を促す触媒となります。
・バランスシート(BS)の基本構造として、「資産の状態(借方)」と「資産の出所(貸方)」という二極構造を抽出しました。さらに貸方を「外発」と「内発」に分けることで、会計の枠を超えて「思想」「権力」「テクノロジー」などの分野にも一般化可能であることを示しました。BSは、普遍的な構造分析のツールになり得るのです。
・BSは、単なる資産と負債の静的な帳簿ではなく、「実現済みのストック」と「信頼に支えられた虚構的価値」の融合体=内在的な二層構造として再解釈しました。BSが記録するのは「あるもの」だけでなく、「あると信じられているもの」でもあります。この視点において、虚構とは欺瞞ではなく、「協調・投資・想像力」を駆動する共有された信認構造と捉え直されます。
以上の視点とBSの基本構造をふまえ、本稿では分析のための統合的なフレームとして、「BS三層フレーム」を提示します。
このフレームワークは、以下の3つのステップから構成されます。
2.三層構造の内実
この三層フレームワークは、前回までの投稿で導入した「対象領域」「虚構」「関係」という三つの視点を、順を追って構造化したものです。それぞれが独立した分析視点でありながら、相互に連続・接続した流れを形成しています。
【第一層】誰の、何のBSか?――視点と対象領域の設定
分析の第一歩は、誰の視点から、何を対象にするのか、つまり分析の「主語」と「目的語」を明確にすることです。
- 国家のBSを見るのか、企業か、家庭か?
- 焦点は財政、労働、通貨、思想、テクノロジーのいずれか?
などなど、この「視点 × 対象領域」の設定が、BS分析のフォーカスを決定します。これが、三つの分析視点の第一である「対象領域」に対応します。

※Domain : A`s BS (対象領域:AのBS)、Domain : Thoughts of A & B (対象領域:AとBの思想)、
【第二層】その中身は何か?――ストックとフロー(虚構)
次に見るのは、BSの構成要素の中身です。ここでは以下のように区分します:
- ストック(Stock):すでに実現し、確定して存在している価値
- フロー(Flow)(=虚構 Fiction):将来的に価値が実現すると信じられている構造(権利や義務)であり、信認に支えられたもの
この区分によって、「価値の存在論的な状態(実現済みか期待か)」と、それを支える信頼の構造の両方を可視化できます。

【第三層】誰と、どう関係しているのか?――関係性の構造
最後に問うのは、「これらのBS項目は、誰との関係において成立しているのか?」という点です。BSは決して閉じた構造ではなく、つねに相手方との関係性(相対構造)の中に存在します。
この層は第二層から自然に導かれます。なぜなら、フロー(=虚構)は、権利(Claim)や義務(Obligation)という「相対関係に基づく構成物」だからです。ゆえに、以下の問いが導かれます:
- その価値実現には、どの相手方が関与しているのか?
- その関係は外発的か、内発的か?
- 同一の対象領域内か、異なる領域(対外関係)との間にあるのか?
この関係性の層によって、BSの内部構造にとどまらず、法的・制度的・地政学的ネットワークまでをも読み解く視座が得られます。

※Accounts Payable(買掛金)、Accounts Receivable(売掛金)
3.さまざまな分野への応用
この三層フレームワークは、財務・会計の枠を超えて、以下のような分野にも応用が可能です:
- 国家の財政・通貨の構造:統合政府と国民、国内と対外など
- テクノロジーとデータの構造:プラットフォーム、クラウド、利用者との関係性など
- 思想や価値体系:近代/ポスト近代、個人/社会、主流/異端など
- 権力と統治の構造:主権、監視、制度設計、ルール形成など
これらのテーマは過去投稿で簡単に触れてきましたが、今後はこの新たなフレームを用いて、より精緻に再訪していく予定です。
どの対象領域においても、問いは同じです:
誰の構造か? その中身は? そして誰と、どうつながっているのか?
これらの問いは、それぞれ三層フレームの各ステップに対応しています。
誰の何の構造か?――〈対象領域定義(Domain Definition)〉
その中身は?――〈構造分析(Structure Analysis)〉
そして誰と、どうつながっているのか?――〈関係マッピング(Relation Mapping)〉
このように、三層フレームは「問い=構造」をセットにした分析の骨格として機能します。

※Three Layer BS Framework (BS三層フレーム)
4.おわりに:これまでの投稿とのつながりと今後の展開
これまでの3回の投稿で展開してきた視点を踏まえ、今回はそれらを統合するフレームとして、「BS三層フレーム」を提示しました。
今後の投稿では、この三層フレームをさらに補強するために、まず資産の増減パターン(資産増減の類型)を整理し、その構造に基づいて資産の類型化を進めていきます。この順序は、増減の構造が資産の本質的性質(ストックかフローか)を定義するという観点に基づいています。
これらの分類は、BSの内部メカニズムを明らかにし、次の段階――貨幣の構造や貨幣発行に関わる中央政府・中央銀行の機能など、より具体的な対象への適用――への足場となるものです。
BS構造分析 → そこから導かれる資産増減・資産の類型化 → そしてBS三層フレームの具体領域への適用
このステップを通じて、本フレームワークは、世界の多様な現象を一貫して読み解くための、普遍的かつ応用可能な視座として機能していきます。
